〜青い薔薇 続編〜
フレンチトースト
〔ご注意〕***30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい***
「お疲れ〜」
金曜日午前3時半。ロッカールームを出ると、壁のボード前にシャンクスが立っていた。
「サンジ...明日は単独出勤だな」
「え？何ですか？」
シャンクスが目の前のボードに書かれてある、ゾロの出勤予定を指差す。そこには「同伴」の文字があった。
「ゾロもクールな感じに見えて、ちゃんと押さえるとこは押さえて仕事してるな」
「...何でだ...」
「ん？どうした、サンジ」
「...あ..いえ...。あの無愛想なヤツがいったいどうやってこうなるのかと思って」
「女の目から見たらまた違うんだろ。サンジみたいなタイプが好きなのもいれば、ゾロのような男がいいってのもいる。人それぞれさ」
「あんな愛想の無い、気の利かない、目つきの悪いヤツが何でモテるんだか。一緒にいて楽しいのか？」
「....」
「...何ですか？チーフ...」
「お前は、何でゾロと一緒にいる？」
「え...そ、それは....」
シャンクスはククっと笑い出した。サンジが全く自分の事に気づきもせず、さっきから言ってることがおかしくて仕方なかった。
「まぁ...お前の言うことも分かるが、これからもあることだ。気持ちよく送り出してやれ」
サンジの胸の内を思うと頭でも撫でてやりたい気になったが、きっとムキになって怒るだろうから、シャンクスはそのへんで切り上げた。
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客の見送りから戻ったゾロが歩いて来るのが見えたので、サンジは足を速めて近づいていった。
「出口で待ってる」
「おぅ」
その後、ほどなくして通用口から出て来たゾロと並んで、サンジは家路を急ぐ。さっきのシャンクスとの会話が頭の中を渦巻いている。何となく沈黙が嫌だったので、とにかく何か話さないと...と思った。しかし先に口を開いたのはゾロだった。
「今日...ちょっと早いから」
「ん？」
「俺はリビングで寝る」
「いいよ、気にしなくて。俺も一緒に起きればいいんだから」
「寝不足になっても知らんぞ」
言い方はそっけないが、ゾロなりにサンジを気遣っているのだ。最近は、ゾロの話の内容を聞くまでもなく、声の調子だけでその気遣いを感じ取ることができる。日々少しずつ、サンジはゾロという男を理解できるようになったと思う。
(...って言ってもまだまだ分かんねぇ事だらけだけどな)
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サンジが何とか説得して、ゾロは普段通り同じベッドで寝ることになった。サンジがゾロの頭をゆっくり撫でる。
「...何時に起きるんだ？」
「3時くらい」
「そりゃまた随分な早起きだな」
「全くだ」
「何だ、つまらなさそうだな」
「楽しいわけないじゃないか」
「お前なぁ...そんな態度で相手に失礼だろ。仕事を何だと思ってるんだ。相手を楽しませてナンボだろうが」
そこまで言って、サンジは押し黙った。サンジにとっては同伴は、それまでの自分の経験を応用すれば済むような事だった。ホストの仕事はいわば「擬似恋愛」なのだ。つまりさっきからのサンジの言葉は、ゾロにそれと同じ事をしっかりやれ、と言ってることになるのだ。
「お前が楽しんでないと、相手にも伝わるぞ」
「...そうだな...」
「ところでさ...その相手って..？」
「...ロビンだ」
「あ...あの、ナミさんの紹介で来てた」
「あれは...お前でも持て余すぞ」
「そうなのか？」
「俺程度の器量じゃ敵わねぇ」
ゾロにそうまで言わせるロビンとは、一体何者なのか。サンジは一度だけ、ゾロが呼ばれて一緒に話しているのを近くで見ていただけで全く分からない。ただ、年齢のせいなのか、落ち着いて見えた。頭も切れそうな雰囲気だった。
サンジはそんなゾロに何もしてあげられないことを歯痒く思う。さきほどからゾロの髪を梳いていた手を、次は滑らかな頬に移動させた。しかしその指先をゾロの左手が捕らえた。でもそれは、拒絶や制止ではなく、むしろ享受しているように見えた。
サンジが次に取る行動を予測してか、ゾロは右手でサンジの頭を引き寄せ、彼の唇を啄ばむようなキスをした。そしてもう、今日はここまでだと言うような笑みを浮かべて、肩までブランケットを引き上げた。
サンジも勿論、今日はゾロが早寝することを知っていたから、手は出さないつもりでいた。ゾロは見事に、サンジの欲望に火がつくギリギリの線の一歩手前まで入ってすぐに退く。その手際の鮮やかさに、サンジは口の端を少し上げて笑う。
(腕を上げたな...やっぱり俺ってコイツに翻弄されてるんだろうか？)
それもこれも惚れた弱みというやつなのかも知れない。色々な事があるけれど、こんなに毎日幸せな気持ちにしてくれるのだから、文句を言ったら罰が当たるか...とサンジは思うのだった。
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午後2時30分。アラームの最初の音が一瞬だけ鳴って消えた。ゾロは大きく伸びをすると、そっとブランケットから抜け出しベッドから下りた。歩きながら腕を回したり、手首をぶらぶらさせたりしている。
振り返った先では、サンジが静かな寝息を立てていた。毎日早起きして、朝食を作ってくれている。ゾロはとても感謝しているが、一度もありがとうとは言ったことはなかった。美味しいと言って全部食べることで、きっと分かってくれてるものと勝手に思っている。
十分余裕を持って起きているから、まずは風呂でゆっくりと...とゾロは考えた。サンジが聞いたら怒るかも知れないが、一人でゆっくり入る風呂はまた格別だ。
隅々まで念入りに洗ってリフレッシュして、上機嫌でバスルームを出ると、キッチンからコーヒーミルの音が聞こえてきた。リビングのテーブルにサラダの入ったボウルを運んで来たサンジと目が合った。
「おはよう」
「何だ、まだ寝ていればいいのに」
「じゃぁ朝メシ、誰が作るんだよ」
「今日一日くらい、適当に食べてても平気だ」
牛乳とバナナで済ませようと、ゾロは思っていた。
「駄目駄目。栄養管理は俺の仕事なんだから。それを奪わないでくれよ」
「毎日目一杯仕事して、家でも忙しいのに。寝るときはちゃんと寝ろよ」
「あのなぁ..俺がやりたくてやってんだからいいんだよ」
「何だよ、さっきは"俺の仕事"って言ってたくせに」
本当は俺の顔が見たくて起きてきたんだろ、と言ってやろうかと思ったが、それはサンジを調子付かせてしまうだろうと気づき、ゾロはサンジの背中を見ながら言葉を飲み込んだ。
「ゾロ、もうすぐできるからな...」
コンロにフライパンをのせ火をつけようとしながら、そこまで言ってサンジは一瞬手が止まった。
リビングの隅で、ゾロがまさに今、服を着ようとしていた。サンジの声に、ちらりと振り返ったその姿があまりにも挑発的だったのだ。ゾロは、以前二人で一緒に買いに行って、サンジが薦めた黒の超ビキニの下着を着けていた。一度にまとめて10枚以上買ったのだから当然なのだが、ゾロはほぼ毎日このタイプを着けている。そしてサンジも何度も見ているのだ。
それなのに、今なぜこんなにドキドキしてしまうのだろう。ゾロの肩や背中がなぜ、こんなにも眩しく映るのだろう。
サンジは、フライパンに手をかけたままであることに気づき、火をつけ、バターを溶かした。そこへ卵を流し入れるとジュッという音がした。ボウルに入った物をフライパンに落としてしばらくすると、ふんわりと甘い香りが漂ってくる。やがて、その中身を皿に移し、コーヒーと一緒にリビングへ運ぶ。
「何だこの甘ったるそうなのは...」
「テメェな、文句言うのは食ってからにしろよ」
ハムと卵を添えたフレンチトーストだった。ほんのり甘い香りがしているが、砂糖はかなり控えめにしてある。普通はナイフとフォークで食べるものだが、サンジが包丁で程よい大きさに切り分けてくれている。これだとフォーク1本ですぐ食べられる。
早速ゾロがその一切れを口にした。
「......旨い」
「当然だ」
「人間誰でも一つくらい取柄があるもんだな」
「何だぁ？喧嘩売ってんのかよ？」
サンジがゾロに近付くと、さらに至近距離まで顔を寄せていった。そして、ゾロの唇の端で艶やかに光る、甘く溶けたバターをぺろりと舐めた。ゾロの目が少し険しくなる。
「何、してんだよ」
「うん、なかなか旨ぇ。やっぱり俺、スーパーコックだな」
「ただのエロコックだろ」
「なぁ...ゾロ」
「あぁ？」
「今日さ......どんなに誘惑されても.....何があっても、ヤルんじゃねぇぞ」
「...テッ...テメェな...何変なこと言ってんだよ。ヤルって何だよ！ふざけんな！」
「ゾロは何もわかってない」
「何がだよ」
「店外はそういうもんなんだよ。皆、ホストってのは客をつなげるため必死なんだよ。客の方もそれを承知なんだから。ガキのデートごっこじゃないんだ」
「...お前に言われなくても知ってる」
「チーフから聞いてたか？」
「あんだけ女どもが目の色変えて、大金撒きに来てるんだから、タダじゃ済まない気はしてたさ」
「本当なら俺が先に教えとく事なんだろうけど...」
「...」
「...実際、そん時になったら断れないだろうけどな」
「..サンジ、お前なぁ...仕事がどうとか、相手に失礼だとか色々説教垂れといて、いざとなったら断れって...矛盾してんだろうが」
「何...」
「断ったら、営業的にNGだろ。誘惑だろうと何だろうと...受けて立つ。だいたい、減るもんじゃあるめぇし」
「ゾロ....」
サンジは、ゾロのきっぱりとした物言いの、あまりの男らしさと清々しさに、嫉妬よりむしろ憧憬と言う方が近い気持ちを抱いた。自分は何て小さい男なんだろうと悲しくもなった。
でも、やはりできることなら「枕営業」はないに越したことはない。
「ゾロ...百歩譲って、そういう事になったとしても....."心"だけは渡すなよ...」
ゾロは小さくため息をつき、優しい眼差しをサンジに向けた。
「渡せるわけないだろうが」
「...？」
「もう、俺の手元にはない..からな」
「え？」
「...どこぞのアホなやつが勝手に持ち出して、それっきり返してくれねぇんだよ」
その台詞を言い終えると、サンジの顔からゾロが視線を外してしまった。サンジはゾロの言葉の意味を理解するのに少し時間がかかったようだ。やがて、じわじわと嬉しさと気恥ずかしさがないまぜになって、サンジの心をくすぐり始める。
(こんなことを、さらっと言ってのけやがる...)
俺は何一つ勝てないじゃないか..とサンジは思いながらも不思議と悔しさは感じなかった。
すっかり食べ終わり、椅子から立ち上がったゾロに、サンジが近付いた。
「じゃ...武運を祈る」
そう言って唇に軽くキスをした。その唇が離れようとした時、ゾロがサンジの頭を掴み、再び唇が重ねられた。さきほどとは違う、激しく濃厚な行為にサンジは驚いた。そのうちゾロの舌が入ってくると、サンジは頭の芯が痺れてくるような気がして目も虚ろになってきた。
ゾロが唇を離し、フッと笑って言う。
「バカ、何感じてんだよ」
「お...お前のせいだろ...」
わずか2cmほどだったが、上からの目線でゾロがサンジを見下ろし不敵な笑みを浮かべた。サンジの目を見れば、明らかに欲情し始めているのが分かる。本当に分かりやすい男だ。
「俺とヤりたいのか？」
挑発的な言葉にサンジは返す言葉もなく、ゾロを見つめるばかりだった。ところがゾロは、テーブルに置いたままの食器の存在を思い出し、それらを片付けようとし始めた。
「いいよ、ゾロ...俺が片付けるから」
「お前はいいから、あっち行って....抜いて来いよ」
「何...何だよテメェ...んなことできるかよ！」
「じゃぁやっぱり、俺とヤりたいんだな？」
キッチンのシンクに食器を運び終えたサンジの肩を掴んだ。
「そんなにしたけりゃな...」
ゾロがサンジの体を抱え、寝室へ引き込んだ。ベッドにバサッと寝かされたサンジの上に覆い被さったゾロは、巧みにサンジの手足を拘束した。
「俺と...ヤりたいんだろ？」
「ゾロ...」
少し涙目で半分怯えたような顔をしたサンジが、ここで負けるかというようにゾロを見返している。唇が微かに震えているようだ。
しばしの沈黙。
ゾロの喉元がククッと鳴った。笑っているらしい。
「...？！」
「ハハハ....」
「ゾロ...？何がおかしい...？」
「....何だその顔は...」
「クソッ...テメェ....からかってたんだな！」
久しぶりにこんなに笑ったぜ...と言いながら、まだ笑いが収まらないゾロ。少し溜まった涙がサンジの目尻から零れ落ちそうになるのを、ゾロが指で優しく掬い取った。もう先ほどのような挑戦的な表情ではなく、穏やかな笑顔を見せている。
そんな顔を見せられたら、サンジは怒れるはずもなかった。
「あんな怯えた顔されたら...こっちが極悪人みたいじゃないか」
「"みたい"じゃなくて、十分普通に極悪人だったぞ」
「俺はそんな趣味はねぇよ」
「どうだかな」
「どうも、嫌がったり怖がったりされると...気分が萎える」
「....そうなのか？見た目とは大分違うな」
「...で...どうなんだ？」
「何が？」
「さっきから何べんも質問してるんだがな」
質問って...。そうサンジが考えているとゾロがまた被さってくる。
「嫌なら、俺をはねのけて逃げろ」
「......嫌なわけ....ない....」
「じゃぁ、俺をその気にさせてみろよ」
「何だよ...何で今日はそんなに...」
いつになく俺様なゾロに、サンジは翻弄されていった。もうこのまま抱かれてもいいや...と、うっかり思ってしまうほどに。しかし、ゾロがサンジにそれ以上仕掛けてくる気配はなかった。
(やっぱり...俺を待っている...？)
サンジがいつもの自分を取り戻し、またゾロもそれに身を委ねる。やはりこの関係が心地よいのだ。
「クソ...せっかくこんないい感じなのに...時間があんまりない...」
「いろんな状況に対応できなくてどうする」
「何だよ...またそうやってクールぶって」
「んなこと言ってるヒマがあったら...」
「何？何して欲しいの？どうして欲しいって？」
「....うるさい、さっさとやれ」
そう、時間がないのだ。だからゾロは、サンジに顔を近付けキスをねだる表情を作った。でも残念なことに、滅多にお目にかかれない貴重なその一瞬を、あまりにも距離が近すぎてサンジは見ることができなかった。
でも気配だけは感じたサンジは、嬉しさで頬を染める。サンジの体に腕を巻きつけたゾロが、表情を隠すようにサンジの肩に顎をのせた。そんな仕草にも、サンジは新鮮さと愛おしさを覚えるのだった。
「ゾロ...ズルイぞ...何で...」
また、からかっているのだろうか？
「何がズルイんだ。さっきから無駄口ばっか叩いてんじゃねぇよ。いい加減にしろよ」
ゾロの声がさっきより艶を含んでいる事に気づいた。そう、待ってるのではなく誘っていたのだ。サンジは強くゾロを抱き締め、首筋にキスを落とした。やっとゾロは安堵の表情を浮かべた。
ゾロが出掛けるまでの、短くも熱く甘い時間が流れていった。誰にもコイツは渡せない...。そう、サンジは思うのだった。
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「予定より5分遅れてる」
「大丈夫さ、それくらい」
「余裕を持って予定を組んでるのに、結局ギリギリになってしまうのが嫌なんだよ」
「ヤバかったら、途中でメール入れときゃいいだろ」
「相手は客だぞ。それに今日が初めてなんだ」
やっぱり律儀な男だ。これも性格だからどうしようもない。
「じゃぁな、しっかりやってこいよ」
「ヤル？」
「ち...違うっ。仕事して来いってことだよ」
「わかってるよ」
「...ムカつくやつ」
「そうか？俺はお前が好きだけどな」
「......え？」
「冗談だ。じゃ、行って来る」
「.....やっぱりムカつく！！！」
スーツ姿じゃなければ蹴り飛ばしてやるところだったが、そこは抑えた。だいたい蹴ったところで、どうこうなる相手ではない。
「あ...忘れ物だ」
ゾロが振り返ると手のひらを上に向け、指で自分の方へ来るように合図をした。サンジがそちらへ近付いた途端、顎を掴まれ唇を啄ばまれた。
「...今度こそ、行って来る」
惚けた顔をしているであろうサンジの方をチラリと見てから、ゾロはドアチェーンを外し、ハンドルを掴んだ。戦場へ向かう男の背中をサンジが見送った。
「行って来い」
そしてサンジもまた、この後別の戦場へ向かうのだ。
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夜12時前。キッチンの仕事が一段落ついた。またそのうち忙しくなるから束の間の休息だ。それを待っていたかのように、見慣れたオレンジ色の髪が近付いてきた。
「ごきげんよう、サンジ君」
「いらっしゃい、ナミさん」
「................」
「....何？俺の顔に何かついてる？」
「.......うーん......」
「何だよ？」
「不思議ねぇ...」
「だから、どうして？」
「今日、ゾロは同伴よね？」
「よく知ってるな」
「相手はロビンなんだから、知ってるわよ」
「そりゃそうか」
「それなのに、何でサンジ君、そんなに落ち着いていられるの？」
「何でって...別にどうってことないじゃないか」
「心配じゃないの？」
「変な事言うなぁ...同伴ってそういうもんだろ」
「..........へぇぇ..」
「また...何だよ、一体」
「サンジ君、随分大人になったのね」
「ナミさんさ...俺の方が１コ上なんだぜ？忘れてない？」
「だってサンジ君たら、私より下っぽいよ...ずっと」
「はいはい、悪かったね。どうせ俺はガキだよ」
「ほら、そういうところがよ。...まぁ、でも私は好きだけど？」
「俺も好きだよ」
「もう...いいわよ。冗談はそのへんにしといて」
「全く本気にされてないんだな」
「その台詞、そっくりお返しします！」
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12時半を過ぎた頃。ゾロが店に出てきた。勿論ロビンと一緒にだ。途端華やいだ雰囲気が漂う。ゾロは、これから店が混み出すまでのしばらくの間、ロビンのテーブルにずっといることになる。
サンジにオーダーが伝えられる。ロビンのテーブルからだ。ウェイターがこっそりと、『ゾロの同伴の客、凄い美人だな。俺もあんな女連れて店に来てみたいもんだよ』と言った途端、サンジが振り返ってオーダーの皿をカウンターに置いた。その形相にウェイターが一瞬凍りついた。
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ゾロがロビンを店の外まで送る。いつも涼しげな笑みを浮かべさっさと車に乗り込むところが、今日は名残惜しそうにゾロを見上げている。
「どうしてかしら。今日は...何だか帰るのが辛いわ」
「....また、来てくれたら会えますよ」
「お休みの日とか...会えないかしら？」
「それは...」
「ごめんなさい。それは無理よね。お休みに仕事させちゃ悪いわ」
「いや..」
「今日は私のわがままで、長い時間引っ張り回しちゃって..」
「あれくらい、どうってことないです」
「また付き合ってもらえるかしら？」
「はい」
ロビンがタクシーに乗り込み、走り去るのを見送って、ゾロが店に戻った。気配を感じて目をやると、コックコートを無造作に掴んで立っているサンジと視線がぶつかる。
『帰るか？』
声は届かなかったが、辛うじて唇の動きでそう読み取れた。
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「初陣から無事のご帰還だな」
「...大袈裟だな」
「ったく、人の気も知らないで」
「ん？」
「結構注目されてたぜ」
「...うん」
「ところで...デートはうまくいったのか？」
「あぁ...まぁあんなもんだろう」
「どこまで行ってきたんだ？」
「...ホテル」
「ホテル？...えっ..あっ...そ、そうなのか？」
「結構高そうなとこだった」
「そりゃぁ...そうだろうな」
「夜景を見た」
「ヤケイ？...」
「そのホテルの最上階から見える」
「そう...。カクテル片手にか？」
「...ああいうのは苦手だ」
サンジは当然覚悟はしていたが、これほどあっさり言われると、一瞬動揺はするも不思議とすんなり受け止めてしまっていた。しかし次々と展開する会話には、ただ反射的に反応するだけで内容についていけてなかった。
そっとゾロの横顔を盗み見ると、ちょっと疲れたような感じが見て取れた。
「で、今日の初陣で学んだことは？」
「....女は面倒臭い...ってくらいか」
「年上で良かったんじゃないの？」
「ん？」
「適当に遊ばせてくれるぞ」
「そうなのか？」
「年が近いと...何でもしてくれるって勘違いされるしな」
「ナミのことか」
「何だ、やけに馴れ馴れしい言い方だな」
「妬くな」
「妬くかよっ...テメェなんかに」
「俺じゃなくて..ナミにだろ」
そう言うとゾロはフッと笑ってまた前に視線を戻した。ゾロの最後の台詞の真意をすぐに理解していなかったサンジは、不自然に中断された会話を再開しようと、今のやり取りを頭の中で繰り返し、ようやく自分の気持ちを付け足した。
『俺じゃなくて..ナミにだろ』
『そうだよ...お前と親しくなるヤツ全て、俺の醜い嫉妬の対象だ。全く嫌んなってくるぜ、こんな自分に』
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サンジが玄関のドアを開けると、続いてゾロも入る。静まっていた空気が一気に動き出す。ネクタイを緩めたゾロの襟元にサンジの手が伸びた。そのままボタンを外し始める。
「何だよ」
「チェックだ」
「何もねぇよ...」
「女ってのはな、知らねぇ間にこっそり何か痕跡残したりするんだよ」
「.......同じこと、お前もやってんじゃねぇか」
「お...俺はなぁっ...こっそりじゃない、堂々とだ」
「自慢するな」
「..とにかくだ...ちゃんと調べてやる」
「何もない...だいたいそんなの残せるわけねぇだろ」
「何で？」
「....何も...そういうことシテないからな」
「え...？」
「何、びっくりしてんだ」
「ホテルに行ったんだろ？」
「行ったけど...メシ食って...後はさっきも言ったけど、夜景見て飲んでただけだ」
「その後部屋でお茶でも...とか言われなかったのか？」
「さぁな...言われてないと思うが」
「普通言うだろ！いや、お前が聞き逃してたんじゃねぇのか？」
「どっちでも同じことだ....聞こえなかったフリしてりゃいい」
「ゾロ？」
「何があってもヤルんじゃねぇ...って言ったのお前だろ？」
「でも断らない、受けて立つ...って...」
「誘われてないんだから、断ることもなかった。それだけだ」
「結局...」
「ん？」
「何もなかったってことだな？」
「.....あぁ」
良かった...とサンジは声にならない声で呟きながら、途中までボタンを外したシャツの肌蹴けた隙間から、ゾロの胸に手を添えた。そしてそこに顔を埋める。状況を察したゾロが言い放った。
「痕、つけんなよ」
「つかない程度にやるから」
「今はやめとけ。シャワー浴びたい」
「今は...。うん、わかった」
「お前もこっち来るか？」
「え？いいのか？」
「俺の気の変わらないうちにならな」
サンジは大喜びでゾロに続いてバスルームへ入っていった。体を流し、ゾロの広い背中を洗ってやる。
(あれ...？)
サンジは、今一度ゾロとの会話を反芻した。何かひっかかる。ホテルに行ったというゾロの言葉を聞いたサンジが明らかに動揺したのを、ゾロはなぜすぐにフォローしてこなかったのか。最初から、食事して飲んだだけだと言えば簡単な話だったはずだ。
(また俺をからかって...)
「ゾロ、今日は覚悟しとけよ」
「何だ？」
「服で隠れる部分全て、俺の痕跡残してやるからな」
「...アホか」
「んだと？」
「お前も面倒臭ぇヤツだな」
「何？」
「そんなことしなくても...」
サンジ以外の目に触れるわけがないのに。
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「ん....ぁ...ふ...」
「ゾロ....あと少し...ゆっくり息吐いて...」
ベッドで並んで横たわる二人。それぞれ横を向き、サンジがゾロの背後から体を抱き締めている。腰から下はこれ以上ないくらい密着している。サンジの手はゾロの下腹部にまわり、熱い部分を掴んでゆっくりと上下に往復させている。
密着しつつゾロ自身を弄ぶこともできる、この体位の唯一の欠点は、一番イイ彼の顔を見られないこと。せいぜい斜め後ろから覗き込むだけだ。
敏感な耳の後ろを舌で攻めてやると、肩がキュッと動くのが何とも愛おしい。
サンジも限界が近い。でも何だか勿体無くて、わざとその瞬間を遅らせようとしていた。ゾロ自身に触れる手の力を少し緩めた。動きも少し止めてみた。その部分からは脈打つ感触だけが、サンジの手のひらに伝わった。
「ぁ.....サン..ジ...？」
「....」
「..どうした？」
「できるだけ長く...こうしてたいなって思ってさ」
「そんなことしてたら体がもたねぇ」
「俺とお前なら大丈夫さ」
「それに...飽きるぞ」
「...それは困る」
「...じゃ、さっさとやれよ」
「何だよ、もっと他に言い方ねぇのかよ」
「やらねぇんなら、寝るぞ」
「...できもしねぇこと、言ってんじゃねぇよ」
ゾロの体を持ち上げて膝をつかせたサンジは、体の密着度をさらに上げた。ぐっと自身を突き上げると、ゾロは一気に目を覚まさせられる。
「くぁっ.....あぁっ...」
「またイイ体になってきたなぁ...」
「ぁ.....」
「俺にしか分からないくらい、少しずつ進化してやがる」
「何....」
「まだまだこれからも、変えてってやるからな」
「べらべら喋るなよ...」
「集中できない...ってか？」
サンジはそれ以上は話そうとせず、代わりにゾロの首筋に唇を寄せた。左手でゾロの腰を支え、右手でゾロ自身を再び弄ぶ。三箇所から同時に受ける刺激に、ゾロは翻弄されていく。
「もう...そろそろ...イキたい？」
「ふ...ぁぁぁっ...」
「今日はさ...これ一回にする代わりに...できるだけ長くヤリたいんだけど」
「か.....勝手にしろ...ぉっ...」
「何だよ...もう全然余裕...ないんだな...俺もだけ...ど..ぉ..ぁ..っ」
さきほどからギリギリのところで何度も退かせていた快感の波が、ついに堤を越えて一気に襲ってきた。ゾロの中に熱を放出したサンジが、微かに残る思考力で右手の動きを制御する。その手の中で、こちらも同じく溜まりに溜まった快感の渦が暴発した。
「ぅぁっ....ぁ.....」
ゾロが辛うじて声を抑えつつ、絶頂を迎えたことを告げる声を漏らした。激しい呼吸の音は、しばらくは止まなかった。彼を包み込むサンジの手から白濁の液が零れて伝い落ちる。
「はぁ....最高だな、お前」
「...疲れた...もうヤラねぇぞ」
「今日は、だろ」
「明日も、明後日も...だ」
「じゃ、いっそ1ヶ月くらい干そうか？」
「..ふん、テメェがそれで我慢できるわけない」
「それくらいできるさ...今日のこと思い出して...いくらでもデキる」
「なっ...！」
「そうだ、お互いのを見ながらヤルってのはどうだ？」
「...テメェ！」
調子付いたサンジを止めるのは、この方法しかない。サンジは一瞬だが、目の前に星がチラついたのを見た気がした。そして気が付くと、ゾロはサンジの体を引き剥がし、バスルームへ向かっていくところだった。一方のゾロは『また中に出しやがって..』と毒づきながら体を流すのだった。
さっきサンジの頭に落とした拳骨がちょっと痛かった。勿論、サンジの方も相当痛かったに違いない。
(あれさえなければ...)
今ここで、一緒に水音を聞いているはずだった。
そして...もう一戦交えていたかも知れなかった。
それを言ったらどれほどサンジが悔しがるか....
口は災いの元。
fin.
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