〜青い薔薇 番外編 4〜
飛翔
〔ご注意〕***30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい***
開店にはまだ早い時刻、シャンクスは、店の事務所で書類をチェックしていた。
手にしているのは一通の履歴書。創業時に一緒に頑張ったメンバーの、一人息子だった。何か自分を変えるような、仕事を体験したいという息子のため、この店を紹介したという。勿論「手心は一切無しで」と釘を刺されている。
あと1週間もすれば、18歳になるという。
「あの息子...もうそんな年になったのか...」
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
手にメモ用紙を持って、歩いている少年。頭にはバンダナを巻いていて、その下から覗く、細かめのウェイブがかかった黒髪。そして何と言っても特徴的な長い鼻。
「ここだな」
店の名前を確認すると、彼は一旦立ち止まり咳払いを一つしてから、ドアを開けた。
「こんにちはー...失礼しまーす」
フロアに声が響いた。
....誰もいないのだろうか。
少しそのまま待っていると、若い男が一人、歩いてきた。
「お待たせしました...面接の人ですね？」
「は、はい。よろしくお願いします」
「こちらです。どうぞ」
奥に見えるドアの方へ案内された。その男に少し後れながら付いていく。
「では、失礼します。担当者は中にいますので」
「はい、ありがとうございます」
緊張してきた...。しかし自分でここに来ると決めたのだ。後戻りは出来ない。
コンコンコン...
教わった通り、ノックは3回。しばし応答を待つ。
(...........)
『はい、どうぞ』
「し、失礼しますっ」
そこは殺風景な、何の変哲も無い事務室。奥のデスクに居たのは、眼光の鋭い、赤い髪の男だった。
「..........」
(ええっと...あ、そうだ自己紹介だ...)
「ウ、ウソップと申します。今日はよろしくお願いします！」
思わず手の汗をズボンで拭きながら、言った。
「わざわざ、こんな所まで来てくれてありがとう。どうぞそこに座って」
「はいっ..失礼します」
ウソップが長椅子に遠慮がちに座ると、テーブルに名刺が出された。
「キミとは、本当に小さい頃に会ったキリだったね...。多分覚えてないだろうけど」
「はい...写真はありますが...覚えてないです」
ウソップが顔を上げると、それまで写真でしか見たことのなかった男...シャンクスの姿があった。
目線が一瞬だけ合った。別に睨まれている訳でもないのに、身体が動かなくなるような、そんな気分になった。
「...大丈夫かね？」
「あ、はい...ちょっと緊張しちゃってて...」
「楽にしてくれていいよ。身内みたいなものだからね」
「はい...」
「キミの親父さんから、大体聞いてるけど、二、三訊いておきたいことがあるんだ」
「はい」
時折、ウソップが覚えていない頃の昔話や、彼の父親との苦労話などを挟み、質疑応答が続けられた。
「...うん、よくわかったよ。キミは非常に興味深い、何かを持ってる気がする」
「あ、ありがとうございます」
「良かったら、今日この後にでも店の中を見て回るといいよ」
「はい、そうします！」
「それから、家に帰ってよく考えて...ココに連絡くれるかな？」
「...はい、わかりました」
「あ、先に言っておくけど...、ウチの研修は厳しいからね。それで辞めるヤツ多いんだよ。覚悟だけは、しといてくれ」
「は...はいっ」
「それじゃ、お疲れさん」
「今日は、ありがとうございましたっ」
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
ウソップは退室し、店内の見学を少ししてから帰った。担当したスタッフが事務所に戻ってきた。
「チーフ？いいですか？」
「あぁ」
「あのコ、どうされるんですか？」
「本人が希望すれば、入れるつもりだ」
「なかなか真面目そうなコですね」
「最近なかなか、ああいうのは居ないからね」
「...他に何か、みつけたんですね？」
「あれだけ緊張してる中、返事に困ったり、黙りこくったり、というのがなかった。相手の言葉をうまく拾って、自然に繋いでいくんだよ」
「へぇ...」
「あれも天賦の才だな」
「じゃ、フロアじゃなくて、ゆくゆくは...」
「そうだな。あとは華を身につければ」
「ヘルプで活躍するんじゃないですか？」
「あぁ。あれだけ喋れれば、客も退屈しないだろう」
「バラエティ班、決定ですね？」
よく言われるところ、ホストには"色恋班"と"バラエティ班"があり、それぞれ個性を生かして接客する。後者は、兎に角、客を楽しませることに徹している。こちらのカテゴリでは、常に人材は不足がちなので、どこの店も、スカウトで苦労している。
今回、これは思わぬ原石を見つけたかも知れない。シャンクスの勘が正しければ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
店の２ブロック先の大通りを、一人の女が歩いていた。手には開いた手帳を持ち、そこに挟んだ小さな切抜きか、メモのような紙を、時々確認しながら。
「おかしいなぁ...このへんの筈なんだけどなぁ」
キョロキョロしていると、前方から若い男が歩いてくるのが見えた。近付くにつれ、まだ彼が少年だと分かった。
「あの人に訊いてみようっと」
知ってるかどうか分からないが、訊いてみなければ分からない。
「あのぉ〜、すみません」
「はい？」
俺？と言った感じの表情で、その少年はこちらを向いた。
「ちょっと道を、教えてもらいたいのですが」
「あ...俺、このへん詳しくないんですけど」
「そうですか...このお店なんですけど」
女は手帳に挟んでいる紙を、彼に見せた。
「.......あっ...それは」
「知ってるんですか？」
「...さっき行ってきたけど」
「えっ？」
「面接してもらったんで」
「...へ？面接ですって？」
「ええ」
「....あなたが？ホストやるんですか？」
「いやまだ、そうと決まった訳じゃないけど」
「...あ、ご、ごめんなさい！私、失礼なことを」
「....ここに行きたいんですか？」
「あ、はい...」
「ここの2つ目の角まで行ったら、すぐ見えますよ」
「そうですかっ！やっぱりこっちで合ってたのね..。ありがとう」
「あの...お姉さんも面接か何か？」
「え？わ、私？....いえ、違うけど」
「じゃ、客として？」
「...えぇ、まぁ...」
手にした手帳には、雑誌らしきページを切り抜いたような紙も、挟んであった。彼女は、それを取り出すと、大事そうに広げて見せた。
『今月のイチオシ』と題された記事の中に、紹介されている店名。まさにこれから、彼女が行こうとしている所。そして彼が、ついさっき面接を受けた店だ。
「ここの...NO.2ホストの彼に...どうしても会いたくて」
「...ふぅん」
「でもホストクラブって、お金かかるって聞くし。私、ずっとお金貯めてたの。もしちょっとぐらいハマっても、大丈夫なように。それで生活破綻しちゃったら、目も当てられないでしょ？」
「そうですね」
「あ、でも何だか緊張してきちゃった。静かなバーとかだと、一人でも行けるんだけど、こういう店は慣れてないし」
「大丈夫。スッと入って、さりげなくしてれば」
「そうかしら...」
まだ若い、この少年と話していると、彼女は不思議とリラックスしてきた。彼には人を和ませる、何かがあるようだ。
「あの、さっきはごめんなさいね。あなた、ホストに向いてるかも」
「そうですか？何でですか？」
「よく分からないけど....、落ち着くって言うか、気負わなくていいって言うか...きっと聞き上手なんじゃないのかしら」
「自分では分からないですけどね」
「面接、受けたって言ってたけど...結果は？」
「何も聞いてないです。よく考えてから、ヤル気あるなら連絡くれと言われただけです」
「それって、採用ってことじゃないの？」
「...そうですかね？研修が厳しいとかも言ってました」
「速攻OKしちゃいなさいよ！あなたならイケルわよ！」
「それは...どうもありがとうございます」
「じゃ、私、これから行ってみるわ。行かなくて後悔するの、嫌だもん」
「はい...その人に会うために、今日来たんだから...。頑張って下さい」
「あなたこそ...。いつかお店で会えるといいわね」
「はい...じゃ、俺はこれで」
少年は立ち去った。
うん、あのコなら、きっといいホストになる。そして自分もきっと、思いを遂げられる。
彼女は、確信はないけど、なぜかそんな気がしてきた。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
開店15分前。早出のスタッフが、エントランスホールの最後のチェックをした。外に出て"OPEN"の文字を表示させた。
数分後、今日最初の客がドアを開けた。少し自信無さげに視線を動かしながら、一人の女が入ってきた。初めての来店では、こういう客が多いので店側も慣れている。
「いらっしゃいませ..お一人様ですか？」
「は...はい」
「今日、初めてでいらっしゃいますね」
「はい...」
「では、初回のお得なセットがございますが、それでよろしいですか？」
「はい...それでお願いします」
彼女は、迷うことなく答えた。恐らく、事前に調べてきたのだろう。
「こちらへどうぞ...上着、お預かりします」
ボーイが席へ案内した。
「誰か、気に入ったスタッフがいれば、言って下さい。ただし、このあたりは...まだかなり後にならないと、店に出てきませんが」
ボーイがスタッフリストの顔写真を指しながら、説明した。売れっ子ともなると、遅い時間にならないと店に出てこない。その女性客は、説明が終わるのを待ち、ボーイに尋ねた。
「あの...」
「はい？何でしょうか？」
「私...この人に会いたくて、今日ここまで来ました」
彼女が示した小さな切抜き。ボーイがそれを見て、申し訳無さそうに説明した。
彼がもうホストをやっていないこと。今はキッチンにいること。ワゴンサービスで彼を指名できること。
その後、シャンクスの機転もあり、彼女は目当ての彼に会い、話をすることができた。そこで持ち上がった思いも寄らない話。そして彼女は翌日も店に来ることになったのだった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
ピリリリッ
店の事務所内。
シャンクスの携帯が鳴った。
「はい？」
『あの...昨日面接して頂いた、ウソップです』
「おう...電話してくれてありがとう」
『はい...昨日はありがとうございました』
「決心してくれたかい？」
『はい....よろしくお願いします』
「うん、こちらこそよろしく。じゃ、早速来週早々、研修に入ってもらいたいんだが、大丈夫かい？」
『はい！何時に行ったらいいですか？』
「じゃ、とりあえず火曜日の、夕方5時に」
『火曜日5時ですね。分かりました！』
「待ってるよ」
『はい、よろしくお願いします！では失礼します』
ウソップ17歳最後の日は、忘れられない日になりそうだ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
その後、昨日の女性客が来店、別のホストが接待した。ここでもまた予想外な展開になったらしい。そしてその席で衝撃の事実を知ることとなる。
その頃、ウソップは前日の出来事を思い出していた。
「あのお姉さん...うまくいったのかな...」
自分のことを、"ホストに向いている"と言ってくれた。初対面ではあったが、何だかその言葉を信じてみようと思った。面接では、全く自信など無かったが、その彼女の言葉で決心がついたのだ。
だからこそ、あの人も願いを叶えて欲しい。思いを遂げて欲しい。
どこの誰とも知らぬ、その彼女のため、目を閉じて祈った。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
月曜日。ウソップは買い物に出てきていた。駅前ビルへの陸橋を渡っていると、小振りのスーツケースを引きながら歩いてくる、一人の女の姿に気付いた。
「あ...」
彼が歩く速度を少し緩めて、そのまま進んでいくと、その女もこちらに気付いたようだ。
「あぁ〜！あなたは...」
「どうもっす...」
「...こんなところで、また会えるなんて！」
「本当っすね」
彼女はスーツケースのキャスターをゴロゴロ鳴らしながら、駆け寄ってきた。
「これから、お買い物か何か？」
「はい...あの...、」
「私はね...これから帰るの」
彼女が歩いてきた元の方向には、大きなホテルが建っている。恐らくそこに泊まっていたのだろう。
「あなたは、あれから決心ついたの？」
「はい。明日から店で研修です」
「そう！おめでとう！あまり気負わずに、頑張ってね！応援してるわ」
「ありがとうございます....。あの、それで...」
「.....あれからね.....」
彼女は感慨深そうに続けた。
「ずっと会いたかった人、お店にいたわ。でもホストは辞めていたの。今はシェフさんだった」
「そうだったんですか」
「でもね、何だかラッキー続きで。指名は一応できるからって、席に来てもらったの。そしたら"1年前からの予約を頂いてましたから"って....」
店側の好意と粋な計らいで、彼女は思いを遂げられたということだった。
「それとね、すごいプレゼントもらっちゃったの...」
「プレゼント？」
「....駄目モトで試しに言ってみたら、OKだって...」
「何を？」
「...あーっ...やだっ、私ったら時間無いのすっかり忘れてた！ごめんなさい、もう出発の時間迫ってるから...」
「こっちこそ、ごめんなさい。俺が引き留めたりしたから...」
「これ、私の連絡先！メールもらえると嬉しい。また、お店の話とか聞かせてね」
「いいですよ！次来てくれた時は、俺が行きますから！」
「私が指名したくなるような、イイ男になっててね！それじゃ！」
彼女は駅の中央口へ向かって、走っていった。ほんの数日前会った時とは別人のように、生き生きとした表情だった。
"何かを成し遂げた"
そんな自信を感じさせる顔だった。
「俺も頑張んないとな....」
すぐ目前まで迫った、新しい世界。それを思い描きながら、また歩き出した。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
明けて火曜日。恒例の始業礼。シャンクスが新入りのウソップを紹介した。
「....と言うことで、明日18歳になる。ここは大人の温かく厳しい目で、色々教えてやってくれ」
「早く先輩方に近づけるよう、頑張ります！」
元気のいい言葉で締めくくった。
シャンクスがウソップの肩をポンと叩いた。
「早速今日から、研修に入るぞ」
「はい、お願いします」
「担当は....そうだな、おい、ゾロ！」
「俺...ですか？」
「エースにも手伝わせるから、とりあえず頼む」
「はぁ...分かりました」
「じゃ、ウソップ、頑張れよ。いい誕生日を迎えられそうだな」
「はい...ありがとうございます」
「じゃ、後は頼んだぞ、ゾロ」
たまには起こる、シャンクスの人選ミス。キッチンの方へ向かっていたサンジは、『大丈夫かよ？』と言った顔でこっちを見ていた。
「で、研修って、何やるんだ？」
「.............(こんな人に任せて、大丈夫なんだろうか？？)」
「ま、テキトーにすっか...」
かくして、ウソップ17歳最後の日が、後数時間で終わろうとしていたのだった。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
エースのヘルプもあり、ウソップの2週間に渡る研修は無事に終わった。
「そうだ、今日終わったら、一緒にメシでもどうだ？」
「はい〜喜んで！」
「ゾロもどうだ...あ、おめぇには、サンジの旨ェメシがあるんだったな...野暮なこと言っちまった」
「サンジ？...あのキッチンにいるサンジさん？」
「そうよ...まぁ俺は詳しくは知らねぇが、聞くところによると、ゾロとサンジはな...」
「ンなこと言ってたら、サンジの蹴りを食らいますよ？」
「そんなムキになるなって...。別に悪い話じゃねぇんだから」
ウソップは、エースとゾロの会話から、何となく事情は分かった気がした。もう少し詳しく訊いてみたい気もしたが、今は言わない方がいいようにも思った。
シャンクスが話に加わった。
「お前達、メシ食いにいく相談か？」
「チーフ、ちょうどいいところに。俺とウソップだけですけど...一緒にどうです？」
「エース、それは俺に奢れってことか？」
「へへっ、当然じゃないっすか」
「ゾロは...あぁ、"クソ旨ェ"モンを作ってくれるヤツがいるから...」
「チーフまで！...ったく」
ゾロの反応が面白くて、豪快に笑うシャンクス。ウソップは呆気にとられる。
(ここの皆...何かいいチームワークができてるっていうか...いい雰囲気だなぁ)
ここでなら、やっていけそうな気がする。"あの人"が次にここへ来る日には、とびきりのイイ男になって出迎えてやる。
ウソップ、18の春の決意。
fin.
2009.04.01 ウソ誕を祝って
■遅くなりましたが、ウソ誕オメデトウ。名前無しキャラを脇役ではなく、準主役として登場させています。いずれまたどこかで登場するかも知れません。さて、ウソップもついに仲間入り。なかなかの好青年です！
そして今回初めてエロ無しでしたが、物足りなかったでしょうか？(正直不安です..笑)ウソップに過度な期待はしないように！これから、どう絡んでくれるか楽しみです。
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