晩夏
〔ご注意〕***30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい***
少しだけ開けた窓から、穏やかな風が入り込んで来て、窓際に置いた花瓶の花が時々ゆれている。残暑も和らいできた爽やかな午後のひと時。つい先程眠りから覚めたサンジは体を反転させ、うつ伏せになり右手を伸ばした。その先には未だ夢の中に漂う緑髪の男がいた。何の悩みも無さそうな顔をして、子供の様にすやすやと眠るその横顔を見ていると、何か温かいものがこみ上げてきて、胸が一杯になる。
カーテンがゆれた。日めくりのカレンダーもパラパラと音を立てている。そしてサンジの長い前髪もゆれる。その瞬間、彼の脳裏に蘇る記憶。それは、まだ眠りに落ちる前のことだった。
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ちょうどこの距離から、この男の大きな左手がサンジの前髪を掬い上げていた。その手の感触が心地よくて、何度でもやって欲しいと思った。ほんの少しだけ、サンジの方ににじり寄り、でもそれほど距離は縮まらなかった。あとはお前が自分で近付いて来いと、男の目が訴えていた。
(本当にお前は面倒臭がり屋だな)
そうサンジが思いつつも、実は嬉しかったりするのだ。ちょっと目測を誤って近付き過ぎてしまい、互いの息がかかるほどだった。これでは顔を見ることもできない。少し距離を取ろうとしていると、その男の手がそれを阻んだ。
「ゾロ....？」
「....何で離れる？」
「違うよ。顔、見たかったんだ」
「いつも見てるじゃないか」
「それはそれ。今のゾロを見たいんだよ」
「いつ見たって同じ顔だろうが」
「...そうだけど、そうじゃない」
「...何かよくわかんねぇけど...」
フッと鼻で笑ってから続けた。
「そんなに見たけりゃ、好きなだけ見てろ...でも」
「でも？」
「そのうちそんな余裕、なくなるぞ」
そう言うとサンジの頬に添えていた手を自分に引き寄せ、その金髪を指で梳き始めた。サンジがそうされるのを好きなことを彼に言った覚えはなかった。でも何度もこうしてくれる。
「...綺麗な髪だ...」
「そ...そうか？」
「あ.....いや別に」
口に出すつもりは無かった言葉を、つい声に出して言ってしまったのだろうか。ゾロは少し狼狽していた。
「お前の髪も...こうして触ると気持ちいい」
サンジは、目の前で黙ってしまった男の緑髪に、手櫛を通した。短くて手にからんでくることはなかったが、柔らかくて何度でも触りたくなる。しかし心地良いのは、むしろ触られている側だったろう。さきほどまでサンジを見ていたその目には、すでに瞼が落ちてきていた。せっかく二人でゆっくりできるというのに、眠られてしまっては時間を持て余してしまう。すぐに起こしたい。でも起こすのが可愛そうになってしまう気持ちも同時に存在する。
「どうしようか....」
サンジは少し迷いながら、その男の頬に指を滑らせた。そして唇へと近付いていった。
と、その時。指がゾロの口の中へするりと入ってしまった。正確には、咥え込まれてしまった。彼の舌が指の周囲を蠢いた後、目を開けてにやりと笑った。
「ゾロ...起きてたのか」
「おぅ」
「お前にしちゃ、珍しいよな」
「...そうか」
「..何？何か話があるのか？」
「...そうだな」
「え？何？」
「......次にまた眠くなったら、今度は本当に寝ちまうぞ」
「......わかったよ」
サンジはゾロに顔を近づけると、口を小さく開けて舌も少しだけ出した状態で、キスの体勢に入った。ゾロはサンジの頭に手を添え、同じく口を開けて受け止める。すぐに舌が触れ合い淫靡な音を立てた。サンジがその舌を吸い出そうとすると、同時にゾロも同じことをしようとした。しかしサンジがゾロの手をぎゅっと握り、自分の主導権を示すと、彼は素直に従った。鼻から抜ける息がサンジにかかり、さきほどまでひっそりとしていた欲望に火がともった。
「今日は、いつもより遠回りしていくからな」
サンジが何のことを言ってるのか分からないまま、ゾロは次に与えられる愛撫を待つかのように、目を閉じている。そんな様子に気持ちばかりが逸るサンジだったが、ゾロの手を握り直し、息を整える。
鼻の頭から眉間、瞼、目尻...と細かく各パーツに唇を落とす。睫毛の際に舌を這わすと表情が変わる。耳の後ろから首筋に至っては、サンジの手を握り返すその手を見ていれば、十分伝わってくる。
この感度の良さは元々なのか、それともサンジと今のような時を重ねるうちにそうなってしまったのか。
鎖骨から厚い胸板にサンジの熱い息がかかる頃には、ゾロにもゆったりと待つ余裕が失せ始めてきた。早くここに来い、とばかりに腰や太腿が訴える。サンジもすぐその要求に応えたいと思いつつも、必死に気持ちを抑えてゆっくりと、ゾロの鍛え抜かれた硬い腹筋の感触を堪能し、臍の周囲を唇で撫でる。
(もう...こんなに...)
サンジの目に入ってきたのは、ゾロの下腹部に滴り糸を引く透明の体液だった。その出所を見れば、先程からすでに大きく立ち上がり、彼の腹に張り付いた状態だ。何とかしてやらないといけないだろう。その熱く硬いモノの根元をそっと握りこみ、そのまま上に向かって扱き上げた。
「く.....っ...」
もっと楽にして声を上げればいいのに、とサンジは思う。何でそんなにしてまで耐えているのか。こうなったら、もういきなり次のステップに進んでやるだけだ。先走りがまたどんどん溢れてきているその部分を、舌の先だけでなく全体を広く使って、舐めてみた。そしてそのまま口内へ引き込んだ。深く咥え込み、喉の奥を使ってその先端を刺激した。
「ぁ......ふ.......」
(さて...どうしたものかな)
いつもなら、『ここでまず1回』口技で気持ちよくさせてやるところなのだが、毎回それでは芸がない。
「なぁ....ゾロ、今ここでとりあえずイキたい？」
訊かなくとも、十分わかっているはずのことを訊ねた。ゾロも今更訊かれて答えるはずもなかった。考える力も殆どない。
「例えばさ...ここでちょっと我慢して..ちょっと時間はかかるけど、俺が入っていくまで待っててくれねぇかな？」
ずっと待ちわびてやっと思う場所へ到達したと思ったら、また離れていってしまう、そんなもどかしさと焦れったさでゾロはどうにかなりそうだった。そしてまだ少し待てと言われたのだ。今、ここで熱を吐き出せればどれほど気持ちよく、そして楽になれるだろうか。でもこの寄せてくる快感の波を抑えながらサンジを迎えることもまた、十分魅力的な行為であった。
ゾロはやや掠れかけた声を出した。
「あぁ、待ってる....」
そしてそれは、あまりにも艶を帯びていた。本当は今すぐイキたいくらい昂っているのだろうに、酷な事をさせてしまっただろうか、とサンジは思った。ずっと溢れて止まらない先走りを3本の指で絡め取り、ゾロ自身の後ろに潜む、もう一つの熱い部分へ塗りこめた。焦らすことなく指を1本入れてみると、最初は押し返しながらも、すぐにそれは解除され、ずぶずぶと受け入れていく。その指を優しく掻きまわし前方にある敏感な部分を刺激すると、ゾロは少しだけ体を仰け反らせた。
以前、ゾロが言っていた。そうされると、自身の『内側』から直に触られてる感じなのだと。今もそうなのだろうか。
指が3本に増えたところで、中もさらに熱くトロトロとしてきた。サンジは指を抜き、代わりに舌を差し入れてみた。
「はっ.......うぁ.....」
もう箍が外れたのかのような、歓喜の声が上がった。サンジは背中にゾクリとしたものを感じた。もっとその声を聞きたくて、さらに舌と唇で攻めていく。
ゾロは腰を浮かせ、シーツを掴みだした。もうそんなに欲しいのか、とサンジは解釈し、自身をそこへあてがった。指のように簡単に入りはしない。それでも、いつもよりは入りやすいように感じた。
「あぁ...すげェ...。何か慣らす時間、短かったのに...全然大丈夫だ...」
ゆっくり腰を沈め、奥まで進めたところでまた退く。途端、あまりの快感でサンジの膝の力が奪われていく。体を支えているのは両腕だけだった。恐らくゾロは、もっと瀬戸際で踏ん張っているに違いない。そう思うとサンジはここで力尽きるわけにはいかない。
サンジが少し動いただけで、ゾロの眉間の皺が深くなり歯を食いしばっているのが分かった。気持ちよくさせて、悦ばせてやりたいという一心で、今回のやり方を選んだ。そしてゾロは『待ってる』と言ってくれた。
「ゾロ...大丈夫...か...」
「うぁっ.....くっ....」
ゾロがシーツを掴む手を離し、次はサンジの手首を掴んだ。その力の強さにサンジは顔を歪める。何かを訴えようとしているような、そんなゾロの表情を見ながら、サンジは何とかゾロと同じ高さまで上り詰めようとしていた。そしてしばらくの間、自分の中の熱が体を駆け上がっていく感触に集中していた。
そして、もう少しで...というところまで来た。
その時、ゾロが声を上げた。続いてサンジの声も重なった。
「ぁ...うがっっ....あぁぁっ...くっ.....」
「ふぁっ.....うっ....」
ゾロの中で激しい痙攣が、何度も熱い粘膜を通じてサンジにも伝わった。その動きに引きずられた格好で、湧き上がった熱が一気に噴出した。
「あっ.....っ....っ....」
「はっ....っ.....っ....」
呼吸を整えようとするだけで精一杯な状況で、サンジは思った。
(こんなになるまで待たせて...ゴメンな...)
サンジはゾロの耳元に唇を寄せ、掠れて殆ど出ない声で言った。
『待っててくれて、ありがとうな』
ゾロはそれ以上に声が掠れているのか、何も返事をしなかった。その代わりなのか、サンジの手に自分の手をのせ優しく包んだ。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
「...悪ぃ....」
「ん？」
「中.....出しちまって」
「...まぁいい」
「....結構、後が大変なんだろ？」
「大変ってこともないが...面倒臭ぇ」
「ゴメンな」
「いいって」
まだ息が荒い中でサンジは、ゾロが苦しそうにシーツを掴んで何かを訴えようとしていた事を思い出した。それが何だったのかをゾロに訊ねてみた。
「そんなことしてたっけな」
「してたさ。もう息も絶え絶えで...何か言おうとしてた」
「覚えてない...」
「気になるだろ。何とか思い出してくれ」
「そんな事言われてもな...」
「....」
「.....？」
「何？思い出しそうか？」
「ん......」
「ゾロ....それは思い出した顔だな」
サンジがゾロの顔を覗き込んだ。その顔は『言おうかどうしようか』という風にも見えた。
「何だよ、思い出したんだろ？」
「別に...大したことじゃない」
「だったら、教えろよ」
「もう済んだことだ」
「勿体ぶらずに教えろって」
「何だよ....しつけぇな...」
「ゾロ....」
「.....あのな....あれは『もう、無理だ』って、そう言いたかっただけだ」
「それだけ？」
「あぁ」
「やっぱり...限界だったんだな。俺、きっとそうだと思って何とかしようって...必死だった」
サンジはその時のことを思い返していた。
「....あのさ、俺たちやっぱり相性いいんだな」
「あぁ？....何の話だよ」
「途中でさ...実は俺も、もうこれは絶対無理だって思ってたんだ」
「....」
「でも、お前が頂上の一歩手前で、俺に手を差し伸べてくれた」
「...すごい想像力だな」
「そして一気に引き上げてくれた」
「結果的には、だな」
(ちゃんと、待っててくれた)
サンジはゾロに向き直った。
「お前は、約束を絶対守る男なんだな」
『何のことだ』とでも言いたげなゾロの顔を嬉しそうに眺めたサンジは、彼の顔に自分の顔を思い切り近付けた。互いの産毛が擦れ合う感触がくすぐったくて、それを誤魔化そうとでもするように、ゾロがおでこをゴツンとぶつけてきた。
「痛ぇ」
サンジが大袈裟に声を上げると、唇を尖らせて償いを要求する。一瞬目を細めたゾロが、鼻で笑いながら彼の金髪をかき上げた。その唇を啄ばみ、何度も角度を変えては吸い上げる。さらに舌を差し込もうとするとサンジが口を離した。
「駄目駄目。それは俺がするって決まってるんだ...」
「何でだよ。たまにはやらせろ」
そう言うとゾロはサンジの肩を掴み、これで逃げられないだろうと言わんばかりに唇を寄せていった。サンジも実のところ、こんな積極的なゾロに胸ときめかせている。初めての時ってこんな気分だったっけ...などと考えていると、ゾロが不服そうな声音でぽつりと言った。
「何、違うこと考えてんだよ」
「お前のことしか考えてねぇよ」
「...........じゃ、俺がこれからどうしようとしてるか当ててみろ」
「そりゃぁ.....」
サンジは真剣に考えるフリをした。ただ、真剣に考える必要もないのだ。
「俺を目一杯抱きしめて、熱いキスを何百回として、後は俺に何回も抱かれる...」
よくもまぁ、それだけ平然と言ってのけれるものだとゾロは呆れ、また可笑しくて仕方なかった。その言葉通り、ゾロはサンジの体に腕を伸ばし、力強く抱きしめた。その後は急激に力が抜けていく。
「とりあえず、これで我慢しとけ」
ゾロは眠そうな顔で言った。そして目を閉じた。
そしてその後、どれくらいたった頃か定かではないが、サンジもまた眠りに落ちていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
またカーテンがゆれた。日めくりカレンダーの紙が何枚かだけ、ぱらぱらと音を立てる。
目の前の、静かな寝息の男はまだ眠りからは覚めないだろう。あんなに激しい行為の後なのだから、ここは寝かせといてやろうと彼は思うのだった。そして目覚めた後には、また次の一戦が待っているのだ。
「それまで、せいぜい体力温存しとけよ」
返事をするはずもない、愛しき男に向かってサンジは言った。
fin.
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