Ｄｅｂｕｔ
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「ええっ？私が？！」
社長室の広いデスクの前で、ナミは思わず声を上げた。
「そうよ。それに、あなたしか頼める人いないわ。それとも他に心当たりある？」
「.......いいえ。でも....」
「勿論また新しい人材は探すわ。でも今は時間がないの。今回の仕事、社運がかかっているのよ....」
最初から選択肢など与えられていなかった事を理解したナミは、ふーっと大きく息を吐いた。
「分かったわ...ロビン」
「ありがとう」
デスクの上の書類をファイルにまとめながら、ロビンは立ち上がった。
「これ、目を通しておいて。後で打ち合わせするから」
「はい....」
「大丈夫よ。私を信じて」
「次のボーナス、上乗せして下さいね？」
「ええ、勿論よ」
ロビンは携帯を手にしながら歩き出した。
「じゃ、後はお願いね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ナミが窓に下がるブラインドの隙間から外を覗くと、玄関前では車が待機しているのが見えた。
「あ、アイツ....今日もマジメに働いてる.....」
＊＊＊＊
ここは中堅どころと言うには、やや小規模ながら、表向きは手堅い経営でも知られる芸能プロダクション。老舗でもないのに大きな仕事を次々と取ってくる独自の営業展開。恐らく何か、大きなバックが支えているのだろう事は想像できるが、危険な匂いもするから誰も触れようとはしない。
所属タレントの中でも特にスキャンダルとは無縁なイメージで売っていたのは、お嬢様キャラで人気を博していたビビ。その彼女が突然、事務所を辞めると言い出したのだ。
「すみません、私、実家に戻る事になりました」
そしてその3日後には、本当に帰ってしまった。単にお嬢様ぽい雰囲気だけだと思っていたら、正真正銘の財閥令嬢だった事が、後から判明した。
社長であるロビンは、引きとめはしなかった。ここは相手方に恩を売っておいた方が得策だと判断したのだ。勿論各方面で損害が出るのは避けられない。それはきちんと補償してもらうのは当然の事だ。
稼ぎ頭とも言えるタレントを手放すのは確かに惜しいが、悪いイメージがついた訳でもない。コアなファンも多い。写真集やDVDなどは、今後も売れるだろう。それだけでもかなりのものになる筈だ。
それよりも、既に決まっている仕事の代役を急いで決めなければならない。ただ、決めたところで、単純に後任として受け入れてもらえるかは何とも言えない。しかし、ロビンは素早く手を打った。
＊＊＊＊
数日前の朝。
「いらっしゃいませ....3名様ですね」
事務所から少し離れた処にあるカフェ。滅多に利用しないが、重要な会議がある時は、ここで朝食も兼ねて事前ミーティングをする。
事務所のすぐ近所の喫茶店には、時々マスコミ関係者が立ち寄ったりするので、用心のためだ。
ウェイターが水とおしぼりをテーブルに置くと、ナミが3人分の注文をした。伝票に記入しながら注文を復唱するウェイターと、それに返事をするナミの目が合った。一瞬動きが止まったが、すぐにお辞儀をして、彼は去っていった。
ふふっ、と小さく笑うロビン。ナミは小首を傾げている。同席しているもう一人、新聞の記事をチェックしながら、目線だけチラリとよこした男に、ロビンは話しかけた。
「ね、今の彼、どうかしら？」
「.....どうって？」
「昨日言ってた役....イメージにぴったりなの」
「.....一人で何役もやるってアレっすか？」
「何役もって言っても、出番にしたら、合計でほんの数分よ」
「もう、やらせる気満々じゃないすか」
「絶対連れていくわ」
「そんな勢いでスカウトしたって、ヒきますよ」
「大丈夫.....」
そう言いながら、ロビンはナミの方を見た。
「彼、多分、あなただったらOKするわよ」
「へっ？私？」
「後で、お水のお替りでも頼んで....ダメ押しの笑顔ね」
「.....笑顔」
「そして、明日もまた来る様な事、聞こえるように言うのよ...ここの何とかが美味しかった、とか言って」
「.....それは業務命令？」
「ええ」
ロビンは場違いな程、爽やかな笑みを浮かべながら答えた。
「チッ....うちは悪魔と魔女のいる会社だな...怖ぇ」
「何ですって？ゾロ」
ナミと同じ秘書課に所属するゾロは、表情も変えずに新聞記事を目で追っている。しかし集中して読む事は、決して無い。
そこへ、突然響く金属音。
「あ、す、すみませんっ」
ナミが申し訳なさそうに床へ手を伸ばした。
「あ、お客様、大丈夫です。こちらでやりますから」
「ごめんなさい」
「いいですよ」
さっきのウェイターが素早く駆け寄ってきた。膝を落としてナミの座っている足元に転がった、コーヒースプーンを拾い上げた。
「代わりの物、持ってきますね」
「いえ....もう使わないので」
「そうですか？」
「あの、お水のお替り、頂けますか？」
「勿論ですよ...すぐお持ちします」
「お願いします」
ウェイターが遠ざかると、ロビンが堪えていたらしく、くくっと笑い出した。
「さっすがナミちゃんね.....とっても自然に....名演技だわ」
「これも業務の一環ですから」
「それでこそ、ウチの子ね」
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ナミとロビンがメインな感じで始まりました。どうか暫くお付き合い下さいませ。
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