〜ある古城にて〜
虎目鷹の目、蛇の道は蛇
〔ご注意〕***30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい***
自分の助けなど、全くアテにしていなさそうなゾロの言動に、ペローナは少し不安になる。ゾロが殆ど動けない状態でこの場所に現れた時、やっと孤独から解放されると思った。残念な事に、新参者に"可愛い物"を期待していた彼女にとって、ゾロはその対極に位置するような男だった。筋肉質の身体に低い声...それは特にペローナが全身で否定するような"可愛くない"条件だった。
それでも、見捨てる事なく、彼女はゾロを介抱した。目を閉じたまま動かない、いつ目覚めるとも知れないその男の姿を眺めているだけでも、彼女の孤独感は和らいだ。
(こんな事になるんなら.....コイツの武器をずっと隠しておけば良かった。どうせ自力で見つける事なんてできないんだから)
＊＊＊＊
修業の日々が続いている。
やはり、違う。他の誰とも違う。ミホークを前にして刀を手にすると、恐怖でもなく、武者震いでもなく、身体の底から何かがビリビリと伝わってくる。相手は構えてもいないのに、僅かな隙も見出せない。
生死のかかった戦いではなく、今日もそして明日もこの男と剣を交える事ができるなど、思いも寄らない話。だからと言って軽い気持ちで臨んだりすれば、明日は無い。
自分のような若造に、何の交換条件も無く稽古をつけてくれると言うのだ。本来の二人の関係はともかく、ゾロは今この場所では師となる相手に礼を尽くし稽古をつけて貰っている。その始まりと終わりの時は、ゾロは刀を全て腰から外し、頭を下げた。
実力の差がある事は、承知していたつもりだった。あれからゾロは並々ならぬ日々の地道な努力と実践を積み重ね、強くなった筈だった。それでも"俺はまだ弱い"とさらなる努力を怠らなかった。
初日は惨憺たる物だった。いや、初日だけではない。次の日もそのまた次の日も。ミホークは首に下げている小さな短刀だけで、ゾロの攻撃を軽々と受け流していく。攻め返してもこない。
(一体いつになったら.....)
あの黒い獲物を手にしてくれるのだろうか。
ドクン。
ゾロの胸の傷が、疼いた。
「貴様の動きは手に取るように分かる」
実践の場で言われたら、キレてしまいそうな台詞だった。しかし他の誰でもない、この偉大なる男が言うのだから、仕方がない。
「あの頃に比べれば、かなり腕を上げたようだが」
ミホークは言葉少なに、ゾロの実力を認める発言をした。自信を持ち過ぎれば、力を伸ばす事ができない。しかし自信を無くしてしまえば、力を発揮する事ができない。
「だが、この俺は越えられん」
さぁ、向かって来いと言わんばかりの鋭い眼光。
次の瞬間にはゾロの目の前で、小さな刃物がキラリと光った。
＊＊＊＊
「おいっ、また怪我したのか？」
「これくらい....一晩寝りゃ治る」
「やっぱり修業始めるの、早過ぎたんじゃ....」
「いや、そんな事ねぇ。遅いくれぇだ」
「そんなんじゃ、仲間と会う前に死ぬぞ？」
「俺は死なねぇ...」
ゾロのいつもの根拠の無い自信に、ペローナは悲しいような寂しいような気持ちになる。彼女にしてみれば、ゾロは全然可愛くなくて、彼女の好みとは遠い筈だったのに、ずっと一緒に居るうちに気にならなくなった。
ペローナは当たり前の様に、ゾロの新しい傷の手当を始めた。そうする一方で、もう見慣れたゾロの胸の大きな傷を、改めてじっと見つめる。
「な、お前って強いんだろ？」
「ん？」
「高い懸賞金、かかってんだろ？」
「....まぁな」
「そんなお前に.....こんなデカイ傷付けたのは.....」
「アイツ.....鷹の目だ」
「.......」
「.....」
「えええっ？」
「....」
「怖くねぇのか？」
「あ？怖い？」
「一度そんな目に遭ったのに....」
「俺は、怖いとか、そういう.....」
"ネガティブ"な思考は持ち合わせていない。そう言おうとしたゾロの顔を、ペローナは薄らと笑いながら眺めていた。
＊＊＊＊
今日こそ。そう、ゾロは息巻いていた。今日こそ、鷹の目に黒い剣を抜かせたい。しかし、ミホークはそんな気配は微塵も見せない。修業の相手をしてくれると言いつつ、相変わらず小さな刃物を手にしているだけ。
「いつになったら、ちゃんと相手してくれるんだ？」
「相手してるではないか」
「ふざけんな！そんなちまちましたモンで、俺をバカにしてんのか！」
本当は分かっていた。ゾロはほぼ体力は回復していたが、手先の筋力がまだ完全ではなかった。それをあざ笑うかのような、ミホークの短刀がゾロの繰り出す技をことごとく破っていくのだ。
「だから、逸るなと言っている」
「.......」
「時を有効に使うんだな。待つことも肝要だ。貴様の手首、そして握力、指先......もう少しかかるだろう」
「っ......！」
「俺の目は節穴ではない」
「........」
ゾロに焦るなと言ったところで、その通りにできれば苦労は無い。ミホークにも勿論それは良く分かっていた。ミホークがついこの間参加したと言う、戦争の話を聞いた時から、ゾロはずっと落ち着かない日々を過ごしているのだから。
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