〜ある古城にて〜
虎目鷹の目、蛇の道は蛇
〔ご注意〕***30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい***
「......おい、てめぇ」
「......ん？」
「........いい加減にしろよっ！ぼーっとしやがって！」
「何だ？」
ゾロに相手をしてもらおうと待ち構えていたペローナが、不機嫌そうに言う。また遊んでやるからと言ったゾロは、精根尽き果てたような顔で、手足を伸ばして寝転んでいる。それが彼女のお気に召さないらしい。
「.....包帯が緩んでる」
「構わねぇ」
「駄目だ、汗で汚れてる....交換しないと」
「ほっとけ！」
思ったより強い口調で言ってしまい、ゾロは遠くにあった視線を目の前の少女に移した。彼女は今にも泣き出しそうな顔だ。
「.......悪ぃ」
「修業、思ったように進まないのか？」
「いや.....俺が不甲斐ないだけだ」
「.....」
この男にもストレスというものが溜まるのだろうか。
「じゃ、私あっちに行ってるから.....」
「待てよ」
「....」
「......ちょっと散歩でもすっか」
「.......」
ペローナは何も言わなかったが、すっかり機嫌を直した様子で裏庭へ向かった。違う方向へ行こうとするゾロに、一体いつになったら覚えられるのかと溜息をついた。
「庭はこっち！相変わらずバカなやつ！」
「んだと？」
「さっさと付いてきやがれ！」
かなりの悪態をつく割には、何かとゾロを慕ってくる。ゾロも最近は彼女に何を言われても、さほど気にも留めず、腹も立たなかった。ゾロはニヤニヤ笑いながら、ペローナの斜め後ろを付いて歩いた。
「何笑ってんだよ、てめぇ....」
「ん？」
「気色悪ぃな！」
「.....お前、俺の事好きだろ？」
「はァ？」
聞き間違いかと思った。ペローナはこれまでのゾロの言動から、彼がその手の冗談を言うとは思えなかった。
なぜかペローナは否定しない。少し焦ったように切り返す。
「へ、変な事言うなっ」
「......」
「こっち、ちゃんと付いて来いよ！」
「だりーな.....」
ゾロは人に付いて歩くのが嫌だった。しかし先頭を歩く事は許されないので、少し離れて一人で歩くのが常だった。
「ん？」
ゾロは微かな違和感を覚えた。
「......」
そう、いつからだろうか。あるいは今日初めてなのか。ペローナはゾロと城の外を歩く時、自身の身体....つまり"本体"のまま行動するようになっていた。なので、足が地面に着いている。
「おい、お前.....」
「えっ？」
「こっちの方が楽だから....」
ゾロは腕を伸ばし、ペローナを身体をひょいと掴んで持ち上げた。一体何が起こったのか分からず、彼女はぽかんと口を開ける。そして気が付くと、ゾロの肩に腰掛けた状態になっていた。
「この方がよく先が見えるだろ」
「なっ.....！下ろせっ、このヤロー！」
「お前にじっと付いて歩くのは性に合わねぇ....。これで方向さえ言ってくれりゃぁ、俺もそっちへ行く」
「.......」
ゾロの提案も決して悪くはない。前へ進みながら背後を確認して、ゾロがとんでもない方向へ迷いこんでいないか、気にしなくていい。
「どうした？」
「.....やっぱり下ろせ」
大柄とは決して言えない、ゾロの肩に座り続けるのは難しかった。不安定だし、落ちそうになる。落ちないようにしようとすれば、ゾロの身体にしがみ付かなければならなかった。
もう、子供ではない。ペローナもいわゆる"お年頃"のレディだ。やはり、躊躇するというものだ。しかし、ゾロは気にする様子も無く、ペローナが落ちないように、太腿あたりに手を置き、支えてくれている。それは、まるで荷物を運ぶかのように。
「動くなよ....落っこちるぞ」
「....そっちじゃない。右の小路に....」
「こっちか？分かった」
「そのままその路を....」
だんだんコツが掴めてきたのか、ペローナは方向を指示する事に集中し始めた。そして、ゾロは指示通りに....やはり歩けてはいなかった。
その夜も、ゾロはミホークの元へ出向いた。前日にミホークから言われていたように、海賊への"転身"について語った。あの日を境にゾロの生き方は、大きく変わった。しかしそれは決して華々しいというものではなかった。できればあまり思い出したくない。何日にも渡り晒されていたあの場所の空気、汗や砂にまみれた皮膚、腕にしばらく残っていた縄の跡などが、現実感を持って蘇ってくる。
「そこでそうして拾った命だ。簡単に捨てようとはするな」
「............」
まるで何もかも知っているかに見える、そんな表情でミホークは言った。
「ところで....あの娘は随分とお前に懐いているようだ」
「....っ、俺はそう思ってねぇが....俺を馬鹿呼ばわりするしな」
「それは間違っていないだろう」
「......」
「多分、いずれはお前の役に立つ」
「？」
「せいぜい仲良くしてやれ」
「....気が進まねぇ」
口の悪さはともかく、彼女は根っからの悪人ではない事は、ゾロは身をもって知っていた。静かにしていて欲しい時に、あの甲高い声で笑っているのを聞くとさすがにイライラするものの、嫌悪という程では無い。何事も慣れればどうと言う事も無いのだ。
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