青い薔薇 序章
*****30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい*****
最初はぎこちなかったヘルプとしての仕事も、何とか見られる程度にまでなった。毎回微妙に濃さが変わってしまった水割りも、ひとまず合格点。
問題は、客と話す時の目線。とにかく怖い。これだけは時間がかかりそうだ。それでも客の中にはそういう強面（ｺﾜﾓﾃ）系が好きなのもいるから、それはそれで売りになるのだが。でもやっぱりこの仕事では不利だ。
金曜土曜と忙しい時は、ウェイターにヘルプにと引っ張られ、結構バタバタしていた。余計なことを考える暇もないから、意外と自然に振舞えたようで、何となくサマになってるように見える。時々笑顔も出るようになった。滅多に笑わない分、その笑顔には俺はなかなか慣れることができなかった。
日曜午前4時半。あがり。
「お疲れ。」
「おぉ」
「これから...飲まないか？」
「どこで？」
「俺んちしかないよ、今からじゃ」
「....」
頭をぼりぼり掻いて空を見ている。
「都合悪かったか？」
「いや....何を持っていったらいい？」
「ああ、何でも。うちにも少しならビールとかあるし。つまみも俺が作るから」
「わかった」
何だか胸が躍った。野郎一人家に呼ぶだけなのに。着替えてすぐ俺たちは店を出た。晩飯になる物を少し仕入れて。
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家に着くと、さすがにちょっと疲れを感じた。先週も今週も今までとは違っているから、ものすごく長く感じた週だった。とりあえず軽く腹ごしらえをしながら、俺はゾロを労った。
はっきり言って、この仕事は向いてないんじゃないかと思えるような場面も多々あったけど、こいつはこいつなりに頑張っていたと思う。色々神経も使ったろうし、せめてここではリラックスしてもらえたら、と思った。
(ん？何でこんなにまでゾロのこと気遣ってやるんだろ？俺ってこんなに野郎に優しい男だったっけ...)
「そうだ、ゾロ。シャワー浴びてくれば？」
これからゆっくり飲むんだったら、その方がいい。ちょっと考えてるゾロに、バスルームを指差してさらに言う。
「そこにタオルとか、必要な物が入ってるから。何でも使ってくれよ」
「..先に使っていいのか？」
「どうぞどうぞ。何なら背中でも流してさしあげようか？」
「遠慮しとく」
ふん...誰がそんなゴツイ野郎の背中なんか流すかよ。
(背中....)
一瞬ぞわりと感じた。何だよ想像しちまったぜ、馬鹿馬鹿しい。俺はキッチンに立ち、この後の宴のためのつまみの準備を始めた。料理人の性分か、ついつい綺麗に盛り付けてしまう。綺麗でもそうでなくても「腹に入れば同じ」みたいなヤツと飲むだけなのにな。
殆ど用意が終わった頃、ゾロがバスルームから出てきた。
「冷蔵庫に水があるから。あ、いきなりビールはやめとけよ」
「何でだめなんだ？」
「風呂とか、運動の後とかは、とにかく駄目だ。つべこべ言わない」
「ふん」
ゾロは不満そうに、でも一応俺の言うことを聞いてくれたのか、水をコップに一杯だけ飲んだ。実はゾロが先に飲み始めてさっさと出来上がってしまったら嫌だっただけなんだけど。
俺もバスルームへ入る。シャワーの湯を流しながら、ふと目の前にゾロが立っているのを想像した。さっきちらりと見た広い背中、硬そうな胸....。研修中から、どうやら着痩せするタイプらしいとは感じていたが。
体や髪を洗っている間中、これまでのゾロとのやり取りが、次々と早送りの映像の様に頭の中を走り去っていく。
(早く出て、ゆっくり飲もう)
俺は想像をかき消すようにシャワーの栓をひねった。
髪をタオルで拭きながら、リビングへ戻ると、窓の傍にゾロが立っていた。いつかと同じ...朝日がちょうど昇ってきている。洗い立ての緑髪がキラキラ輝いている。光を受けて、横顔が綺麗な輪郭を見せていた。
「ゾロ...」
無意識に呟いて、俺は近づいていた。それに気づいて振り返ったその顔は、あまりに無防備で、いつもの変な力が入ってなくて、でもキリリとした目元が、俺を釘付けにした。
「何？」
「あ....いや。そろそろテーブルについててくれるかな？つまみ運ぶから」
「あぁ」
さっき用意した料理を運んでいると、ゾロが酒を用意する。研修の成果か、その手つきが大分プロっぽくなってる気がした。
「それじゃ...とりあえずの研修終わり。お疲れ」
「お疲れ」
「いよいよ来週から、新人ホストとして紹介されるからな。最初はチーフの客あしらいからだけど、これがなかなか難しいけど美味しい仕事だ」
「ん？」
「チーフの客は超優良ぞろいだからな。紹介してもらえるかも知れない」
「ふうん」
「ま、あんまり興味ないだろうけどな」
チーフから客を紹介されるってことは、いきなり大きな売上に繋がることを意味している。一旦いい筋がつけば後はまた客が客を連れてくる。そんな美味しい話なんだが...。
仕事の話はそれくらいにして、俺たちは大いに飲んだ。俺のホスト時代でも今まで仕事上で飲んで、その後またどこかで飲んだことはある。でもそれほど酔わない。ところが今日はどうだ。
気持よく酒がまわっている。こんなことは初めてじゃないか？
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