〜青い薔薇 番外編 4〜
飛翔〜AnotherStory〜
〔ご注意〕***30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい***
彼女は一人、グラスの中身を飲むフリだけしながら、待っていた。とても飲む気分ではなかった。それに、酔ってしまったら、勿体ない。
いよいよ、彼に会える。そう思うとドキドキしてきた。こんな気持ちになるのは、いつ以来だろうか。まだ店内も空いていて、騒がしくないから、自分のこの鼓動が、他へ聞こえてるんじゃないかとさえ、思えてきた。
「失礼します」
ボーイがやってきた。続いて黒地にブルーをあしらった、コックコート姿のシェフが、ワゴンを押してきた。
すらりとした立ち姿。捲った袖から見える、引き締まった腕。形の良い手。長い前髪の間から見える、優しそうな目。
雑誌の写真では、分かりづらかったが、想像していたよりずっと、綺麗な金色の髪だった。
「今日は、遠くから、ありがとうございます」
ボーっとしていて、彼女はその言葉の後半しか聞いていなかった。
「初めまして...サンジです」
「...は、はい...」
「指名、ありがとう」
「そんな...こ、こちらこそっ...」
料理の簡単な説明も、全く耳に入ってこなかった。ただただ、彼女はサンジの横顔を、眺めているだけだった。
写真で見たほどじゃなかったら、どうしよう？そんな心配は杞憂だった。今、彼女はまさに"天にも昇る"気持ちだった。
写真の何倍も、カッコいい。
そうして見惚れている間も、料理が取り分けられたり、オレンジが綺麗な螺旋剥きにされたり。ワインの説明がされた後、グラスに注がれたが、彼女は説明の中味はろくに聞かず、その口元や手元ばかり見ていた。
「後で...もう一度来ますから」
「はいっ？」
「ここを片付けたら...同席させてもらいたいんですが？」
「ドーセキ...って...えっと...」
「嫌でしたか？」
「....？？」
「隣に座るってことです」
「トナリ...って、ココですか？」
「はい、ヘルプは付けませんから、二人だけで」
「............」
「嫌...ですか？」
「...」
「...大丈夫？あ、お料理、美味しいうちに食べて下さいね。また後で来ますから」
「...はい...じゃ、また後でお願いします」
「承知しました...ごゆっくり」
にっこりと微笑んで、彼女を見ると、サンジは席を離れ、キッチンへ戻った。
その後姿を見ながら、彼女は次第に、冷静さを取り戻した。
「あ〜...死ぬかと思った...」
心臓がバクバクしている。確実に寿命が縮まった。
(後で来るって！ココに座るって！夢？幻？妄想？？？)
彼女の夢はついに叶うのか...。
＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊
(まさか、サンジ君のお料理が食べられるなんて...ううう...シアワセ...)
彼女は少し涙目になりながら、味わって食べた。ワインを飲み、少し気分も落ち着いた。タイミングを見計らったように、ウェイターが片付けに来た。
(うぉぉぉ〜...この人もイイ男...)
(このお店、かなりレベル高い...)
いい目の保養となったようである。
テーブルが片付いて、数分後。
「失礼します」
声の方を見ると、そこにはスーツ姿のサンジが居た。彼女が呆気に取られていると、スッと彼女の隣に座った。
「退屈してなかった？」
「....はい」
「これ...変かな？」
「いえ...とっても素敵です...」
「ありがとう」
「....」
あ、と気付いた風に、サンジは内ポケットから名刺を取り出し、彼女に差し出した。
「改めまして...サンジです。今日は呼んでくれてありがとう」
「よ、よろしくお願いします...」
「名前、訊いていい？」
「あ...えと......です」
「よろしく、ちゃん」
("ちゃん"だってェ〜どどどどうしよう...何て返事すればいいのっ...)
は、心の中でジタバタした。もう、そこいらを転げ回りたい気分だった。
「ちゃん？大丈夫？」
「あ..はい...大丈夫ですっ」
「そうそう、ちゃん...もうすぐ誕生日なんだって？」
「へっ？あ、そ、そうなんです..」
「いつ？」
「...あ、明後日です」
「そっか...じゃ、さ...」
サンジは少し考えた。せっかく自分に会いに来てくれた、このレディを喜ばせたい。何か強烈な思い出になるような、プレゼントをしたい...と。
「俺にできること...あるかな？」
「...え？...ど、どういう意味ですか？」
「簡単に言うとさ、俺にして欲しいこと...ってこと。俺にしたいこと、でもいいけどね？」
「えええっ、そんな...勿体無い...でも...いいんですかっ？」
「勿論。遠慮しないで」
「えーと...急に言われても...あの、ですね...」
(これは神様が仕掛けた、悪戯かドッキリじゃないよね！実は夢でした〜とか..そりゃ、サンジ君にして欲しいことなんて、山ほどあるよっ...ギャーどうしよっ...)
ふと、の胸の内に、あることが浮かび上がった。子供の頃からの彼女の趣味。そして現在も続けている趣味。でもそれは、サンジの言葉で中断された。
「あ、そうだ...俺、明日早上がりだから、一緒にちょっと、どこか静かなところで、お酒でもどう？」
「...はい、喜んで」
「じゃ...明日さ、11時くらいに来てくれる？そこで誰か席に呼んで、時間潰しといて。その後、俺が仕事上がったら、一緒に店を出よう」
「え...誰を呼んだらいいか、わからないですけど...」
「そうだな...ゾロってヤツがいるから、そいつ呼んで適当にしてればいいさ。緑の頭で目つき悪いけど、根はイイヤツだから。あ、勿論俺のオゴリだから、心配しないで」
「えっ？そんな...駄目ですよ。それはそれ、ちゃんとお支払いします！」
「それじゃプレゼントする意味ないでしょ？明日は、お金使わないでいいから」
「でも...」
「ちゃんと店の方に手配しとくから。特別ご招待客ってことで」
「....す、すみません...ありがとうございますっ..でも、何でこんなに、良くして下さるんですか？」
「そんなの...」
「...え？」
「ちゃんのことが、好きだからに決まってるじゃないか」
「................」
は眩暈がした。
パタリ...と倒れた。
ほんの数分間、気を失った。
目が覚めると、サンジの胸に抱かれていた。
「わっ...ご、ごめんなさいっ」
謝ってはみたが、サンジの腕の感触が心地よくて、離れがたい。
「大丈夫？ゴメンね...俺が変なこと言ったから」
「いえ...ちょっとビックリしただけで...」
「あ...ちゃんの髪...いい匂いがする...」
(あわわ...そんなに寄ってこないでっ...)
また、は気を失いそうになった。
さっき、考えていたこと、何だったっけ...。は記憶を手繰り寄せる。
「あ、そうだ...」
「ん？何、ちゃん」
「えっ..そのっ...私」
「何？言ってみて？」
「...絵を描くのが好きなんだけど」
「うん？それで？」
「...モデルになって欲しい...なんて無理かしら」
「モデル？ヌード？」
「いえいえっ...そのままで勿論いいんでっ！できたら普段着とか、ラフな格好で...」
「うーん...それじゃぁ...」
サンジは少し考えて、の方へ向き直って言った。
「明日、飲むのやめて...ウチ来る？」
「へっ？？？」
「そこでなら、普段着の俺、描けるよ...どうかな？」
「え...そ、それはいくら何でも、厚かまし過ぎるかと...」
「そう言うと思ったよ。だからさ、俺からも一つお願い。晩御飯作るの、手伝って？」
「...お料理するってこと？」
「...そうそう。できるよね？」
「そんなっ、私の作るお料理なんて、サンジ君のに比べたら...」
「大丈夫だよ。俺が一緒なんだから」
「....私で良ければ...」
「ハイ、決まりっ」
「...」
「それに、やっと敬語やめてくれたね？嬉しいよ...ちゃん」
「サンジ君....」
サンジの顔が接近してきた。
「今、ちゃんにキスしたくなったけど...この店、そういうの禁止なんだ。厳しいだろ？」
「.....いえ、それが正しいっ...もう命が幾つあっても足りない...(ハァハァ)」
「キミを見てると全然飽きないよ」
「騒がしくってゴメンナサイ...」
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