Ｄｅｂｕｔ


　〔ご注意〕***30字くらいで改行されるよう、ウィンドウの横幅を適宜縮めてお読み下さい***




ナミはその上着の裏側を見て、すぐに分からなかったが、何か強靭な繊維が縫い込まれているようだ。

「それね、結構作るの大変なのよ。だからサイズが変わると困るの」
「こんな物が必要なの....？いったい....」
「ナミちゃんが心配すると思って、言ってなかったんだけど」
「ええ」
「私、暴漢に襲われた事があって」
「何年か前に...って聞いたけど？」
「その後もね、あったのよ」
「....そうだったの」
「その時にね....」

素肌にワイシャツを羽織っただけのゾロの傍へ行き、ロビンはゾロの胸を肌蹴させるように布を半分捲った。ゾロは片方の眉を一瞬動かしただけで、微動だにしない。

「彼が素手で止めてくれたのだけど....不安定な体勢だったから、ここまで傷を負う事になってしまって」
「....酷い....」

左の胸から右の腹の方へ、斜めに走る痛々しい傷跡。果物ナイフ程度の刃物では、ここまでの傷は負わせられないだろう。

もし、ロビンが刺されていたら、恐らく命は無かっただろう。助かったとしても相当な重傷だった筈だ。今こうして仕事ができているかどうかも怪しい。

(ゾロだって、こんな傷を負って....)

普通ならこんな危険な仕事など放棄して、辞めるものじゃないのだろうか。辞めたところで、誰も彼を責めはしないだろう。

「ロビン....私の耳に入ってなかったって事は、勿論警察にも言ってないのよね？」
「....イメージ第一なんだから、関係ない子達にまで、傷が付く。だから、別の方法で処理しといたわ」
「そう.....」

"別の方法"が何であるかは、今は問題ではない。ナミは深く触れない事にした。

「大丈夫よ、ナミ。私も色々と護身術とか習っているの」
「でも、それだけじゃ...」
「だから、彼が....ゾロがついててくれてるのよ」

ジムの器具に混じって、そういう事にも使える道具があるようだ。

「これはね....正確確実に目標にヒットする技の訓練をする為の物よ」

武器や凶器等を持ち歩く訳にはいかない。だから日常的にここで秘密の訓練をしていたのだ。

ナミはロビンの傍に居て、何も知らなかった事に愕然とした。しかし自分を心配させない為だったという彼女の言葉を信じた。

(こんな話を聞かされちゃ....仕事断われないわね)

そんな事を考えている間に、ゾロはシャツのボタンを留め、ネクタイを手にした。絶妙のタイミングでロビンがそれを受け取り、ゾロの首に掛ける。そして慣れた手つきで結んでいった。

(やっぱり...何か怪しい)

命の恩人を大切にするロビンの気持ちは理解できる。しかし、分からないのはゾロの方だ。

まだまだ、この会社には面白い匂いがそこかしこにある。


＊＊＊＊


「じゃ、ナミ、出掛けるわ...例の彼の件、お願いね」
「はい」
「何かあったら、メールして」
「行ってらっしゃいませ」

社長室を出ると、ゾロが待っていた。今日の様に少し荷物が多い日は、こうして迎えに来る。

ロビンが外出する前には、車を拭き、車内を掃除し、危険物や盗聴器等の検知器も使う。整備工場でブレーキのチェックの仕方も習った。点検が一通り済むと、車庫から出し、ロビンが来るのを待つ。当然ながらセキュリティシステム搭載なので、短時間なら車から離れる事は問題無い。

運転はロビンが自らやる。移動中はゾロが助手席でスケジュール確認と、背後から車がつけてきてないか等と注意を払っている。これはロビンの提案で、もしゾロが運転していたら、危険に巻き込まれた時に対処が遅れるから、というのが最大の理由。ゾロは基本的には安全運転だが、非常事態となるとどんな事をするか分からない。

そして、もう一つ。実はゾロは致命的な程の方向音痴で、地図があっても目的地に正確に到着できる可能性が極めて低い、という事も判明しているから。

ブラインドの隙間から、車が出て行くところを見ながら、ナミは呟いた。

「社長を.....ロビンをお願いね、ゾロ」





短い着信音が鳴り、ナミは携帯を手にした。

「来た.....」

見慣れないアドレスからだが、間違い無い、あのカフェの店員からだ。彼に渡したメモに、ナミの携帯のアドレスと、メールのタイトルに入れる合言葉を書いておいたのだ。勿論、それだけ書いておいたのでは、メールを送ってきてもらうのは難しい。

"お店以外で一度ゆっくり会いたい"　のメッセージと、名前と勤務先を書いておいた。

「さぁ、何て書いてあるのかしら....」



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まだ気になる事はあるものの、他にも色々と忙しいナミです。





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