Ｄｅｂｕｔ

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「じゃ、お疲れ....明日は9時に....」
「.....ゾロ」
「ん？」
「ちょっと、ウチ寄ってけよ」
「しかし....」
「旨いモン作るから...助けてくれた礼だ」
「礼なんて別にいらねぇ」
「酒もあるぞ」
「車だぞ」
「じゃ、また泊まってけ」
「う......」

サンジの料理が旨いのは、体験済みだ。それがまた食べられるというのは大きな魅力だった。それに、酒もついてくるのだ。

「あ、着替えは....俺の貸してやるから心配すんな」
「......そうか？」
「そうそう」
「.....じゃ」

断わる理由が次々と消えてしまった。サンジの作戦勝ちだ。しかしマネージャーがそう度々、担当の部屋に泊まるというのも問題だ。ゾロは規則とかには特に厳しそうなのに、意外と簡単に落とせた事が、サンジには不思議だった。






大急ぎでシャワーを済ませたサンジは、水を飲みつつキッチンで作業を始めた。

「ゾロ、お前も済ませとけ...酒、飲むんだろ？」

サンジは刻んだ材料をボウルの中で混ぜ合わせると、冷蔵庫へ入れた。

「つまみ、ちゃんと用意してっからよ」

まな板を洗うと、また別の食材を置いて切り始めた。いったい何品作ってくれるつもりなのだろう。ゾロは少し気になりながらも、バスルームへ向かった。




「じゃ、お疲れ」

よく冷えた缶ビールを何本か並べ、めいめいに1本ずつを開けた。酒はあまり飲まないサンジも、最初の一口は美味しいらしい。ゾロは一気に半分くらいを喉に流し込む。サンジが簡単に料理の説明をすると、ゾロは食べながら聞いている。

「どうだ、旨ぇだろ？」
「うん」

そう声をかけながらサンジはゾロの顔を見た。会社で見る鉄面皮ではなく、そこにあるのは年相応の青年の顔だった。リラックスしているとこんな顔なんだ、と改めて思う。

ふと、サンジの気持ちが緩む。

そして気がつくと、つられるかのように、サンジは普段よりハイピッチで飲んでいた。少し目元がとろんとしている。ビールが苦手なのか、途中からワインに切り替えて、調子よく飲んでいる。

「おい？」
「ん？」
「おめぇ....飲み過ぎたんじゃねぇのか？」
「何を....これくれぇ....大丈夫だって」
「じゃ、真っ直ぐ座ってみろ」

少し不安定で、テーブルにもたれかかりながら座っている。ゾロは立ち上がり、キッチンへ入った。

「レモンあるか？」
「あぁ....生のやつは無ぇ....レモン汁なら冷蔵庫のドアポケットに」

ゾロはグラスに入れた水にレモン汁を数滴落とし、運んできた。

「これ、飲んどけ」
「.....サンキュ」

サンジがその水を一口飲むと、あ、と声を上げてゾロの方を見た。

「そう言えばさ、こないだお前んち行った時」
「ん？」
「レモン入りの水、くれたよな？」
「あぁ」
「あれ見た時、ちょっと意外、とか思ったんだ」
「....意外？」
「何かさ、水なんか水道から直に飲みそうなイメージだろ、お前って」
「どんな.....」
「水なんて、どれも同じだ....とか言ってさ」
「まぁ、わざわざ高いのを買ってくるのは気が進まねぇけど」
「確かに節約にはなるな」

ゾロは少し考えるような顔をし、そして続けた。

「前の仕事でな」
「え？」
「そこの店で...いつも用意してた...客用にな」
「店？お前、飲食関係にいたのか？」
「あ、まぁな.....」
「へぇ...どんなとこ？居酒屋？レストラン？」
「......ホスクラだ」
「ホス....クラ.....って、え？何それ、まさかホストクラブ？」
「あぁ」

あまり言いたくなかったのか、ゾロは小さく溜息をつくと、ビールをぐいっと飲んだ。

「嘘ぉ.....」
「嘘言ってどうする」

必要最小限しか喋らない、無愛想なこの男が？サンジは世の中には不思議な事もあるものだと思った。

「.....どれくらいの間、やってたんだ？」
「.....そうだな、ま、2年くらいは居たかな」
「そんなに長く同じ店にいたのか？」
「長いのか？2年って」
「そりゃそうだろ！売れなきゃ経費ばっかかかって、赤字でやってけねぇって話、俺聞いた事あるぜ？」
「そういや、しょっちゅう人が入れ替わってたな」
「.....人は見かけによらねぇな」

サンジも実は、街中で歩いてるところを、何度かスカウトされた事がある。とても自分には無理だと思い、毎回断わっていた。

「どっか歩いてるとこを、声かけられたのか？」
「いや.....ちょっと休憩しようと思って、たまたま立ち寄ったカフェで....その、ホスクラのスカウト担当のヤツが」

その担当者は何か運命を感じたのだと言い、話を半ば強引に進めてきた。

「で、お前お得意の"即決即断"だったのか？」
「まぁ....そうかな」

サンジがもう一口水を含むと、ゆっくりと飲んだ。まだ頭が何となくぼんやりしている。しかし、気分が悪いという事はなかった。

「っ.....」

さらりと動く金色の髪と、酔いのせいで色っぽく見えるサンジの目元。その表情に一瞬、ドキリとするゾロ。
そして、その一瞬の表情の変化に興味をそそられるサンジ。

(さっきの公園で....あんなに悪人面だったのに)

本当はこんな優しい目をしてたんだ.....



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意外な過去。





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